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Tokyoは今夜。

東京で今夜も。

ある小説の話

ある小説の話。

 

読書好きの彼が、SNSに感想をUPしていたのが、その作品に出合ったキッカケだった。

特に感動したとも何ともなく

3行ほどの短い文章でまとめられた、その感想を読んで、

何となく私も読んでみたくなった。

 

本を読むのが得意じゃない私が

すんなりと、一気に読み終えた、その女流作家の本は

じんわりと、深く染みわたって

この2、3年 心の深いところに留まり続けている。

 

 

そして、昨日だ。

お互い30歳になり、仕事が忙しく

恋愛も、まあお互いにいろいろあったりして

ちょっと疲れている私たちは、友人みんなで飲んだ後

久々に2人きりの2軒目。ワインを開けた。

 

恋愛、結婚、仕事、子ども、これからのこと…

珍しく、少し真面目な話を

いつもより言葉多く話す彼は、いつもと違う表情をしていた。

 

何の話の流れだったか、覚えていないが

私が、

「結局のところ、楽しい、面白いが一番だと思うの。

 好きな人といっしょに居るのが楽しいなら

 別に自宅でジャージで缶ビールでも、笑笑でやすい焼酎でも、すごく幸せだから。」

というような話をした。

 

すると彼は言った。

 

「ああ、それ、あれだ。『それもまた小さな光』だ」

 

 

まさに、彼が読んでいて読みたくなった、その本。

私がずっと、心に留め続けている物語。

 

……そういうところなのだ。

 

同じような物語や音楽、言葉や色、味や景色や香り

そういうものに、同じように反応したり、感じ方をすることがある。

それが、このどうしようもない心地よさと

救いようのない曖昧さを続けている理由なのだ。

 

 

 

その小説は、35歳独身、幼なじみの男女が

宙ぶらりんな関係をどうしていくか、という物語。

 

その中で出てくるこのフレーズは、いつも彼を思い出させる。

 

「百人が反対してもやめられない恋よりも、

 どうでもいい毎日をくり返していくこと、

 他人であるだれかとちいさな諍いをくり返しながら続けていくことのほうが、

 よほど大きな、よほど強い何かなのではないか。」

 

 

忙しい私たち、にとって

「どうでもいい毎日」を2人でくり返していく幸せは

きっと何よりも心地よいのだと思う。

 

その選択をするか否かは別として。