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Tokyoは今夜。

東京で今夜も。

  エモーショナル男子問題

「エモい男がいいの」

 

 

大好きな同期と、最近頻繁に話題になる話。

 

 

「好きすぎてつらい」

と、2人でハマりまくっているアーティストのLIVEに行き

とてもじゃないが男性にはお見せできないほど

心酔して叫んで暴れて

なんなら涙まで流して来た我々(笑)

 

なんてったってこのアーティスト、本当にエモい。

女の子が欲しいエモさを、ここまで理解して表現できるとは…

まさに、プロ。

 

 

 

で、エモいって何かというと。

 

 

エモい

 :エモーショナルの略

エモーショナル

 :感情的であるさま、情緒的であるさま。

 

 

  この意味で「エモい」を使うのって

  元々はバンド用語というか音楽業界で使ってたみたいで

  ラウドとかスクリーモ、ミクスチャーなんかで

  「あのバンド、エモいよなー」

  「ボーカルがエモいんだよなー」

  とか、そんな感じで使っていた。(うん、確かに使っていた)

 

 

つまり

感情的、情緒的で、色気がある、雰囲気がある…

そんなさまを、エモい、と呼ぶ。

 

 

 

エモい男

とは。どんな男か。

 

やっぱり「色気」と「美しさ」と「余裕」、

そして「影」なんだと思う。

 

天真爛漫、順風満帆、余裕綽々

そういう人には宿らない才能な気がする。エモさって。

 

痛みや苦しみを知っている人が

その上で醸す空気や言葉や香りが

エモさになるんだろうなあと。

 

 

 

しかしこの、「エモい男」という人種、

私の生きる一般社会においては本当に少数で

今までたくさんの人を好きになったけど

心からエモいと思っている男は1人だけ。

 

もちろん、そのたった1人のエモい男は

誰もが認める超絶モテ男だったし

彼を好きになった女はたいがい

心酔して、落ちて、抜け出せなくなり…

何年も引きずっている心病みまくり女を、私は数名知っている。笑

 

 

 

男性に対して

顔とかお金とか身長とか諸々…

大事だなあと思う要素は山ほどあるのだけれど

 

私が最終的に、心掴まれるもの

それが

「エモい」

ってことに尽きるのではないか、と思う。

 

 

現実なんて見えなくしてくれる、

そのエモさに溺れさせてくれるような人なのではないかと思う。

 

 

エモい男を探し求める私に

イムリーに刺さった言葉。

 

「愛の大きさは、寂しさの深さに、比例する

 裏を返せば、孤独を知らない人からの愛は、いつも少し足りない」

 

 

さすがlily師匠。

エモいわー。笑

ある小説の話

ある小説の話。

 

読書好きの彼が、SNSに感想をUPしていたのが、その作品に出合ったキッカケだった。

特に感動したとも何ともなく

3行ほどの短い文章でまとめられた、その感想を読んで、

何となく私も読んでみたくなった。

 

本を読むのが得意じゃない私が

すんなりと、一気に読み終えた、その女流作家の本は

じんわりと、深く染みわたって

この2、3年 心の深いところに留まり続けている。

 

 

そして、昨日だ。

お互い30歳になり、仕事が忙しく

恋愛も、まあお互いにいろいろあったりして

ちょっと疲れている私たちは、友人みんなで飲んだ後

久々に2人きりの2軒目。ワインを開けた。

 

恋愛、結婚、仕事、子ども、これからのこと…

珍しく、少し真面目な話を

いつもより言葉多く話す彼は、いつもと違う表情をしていた。

 

何の話の流れだったか、覚えていないが

私が、

「結局のところ、楽しい、面白いが一番だと思うの。

 好きな人といっしょに居るのが楽しいなら

 別に自宅でジャージで缶ビールでも、笑笑でやすい焼酎でも、すごく幸せだから。」

というような話をした。

 

すると彼は言った。

 

「ああ、それ、あれだ。『それもまた小さな光』だ」

 

 

まさに、彼が読んでいて読みたくなった、その本。

私がずっと、心に留め続けている物語。

 

……そういうところなのだ。

 

同じような物語や音楽、言葉や色、味や景色や香り

そういうものに、同じように反応したり、感じ方をすることがある。

それが、このどうしようもない心地よさと

救いようのない曖昧さを続けている理由なのだ。

 

 

 

その小説は、35歳独身、幼なじみの男女が

宙ぶらりんな関係をどうしていくか、という物語。

 

その中で出てくるこのフレーズは、いつも彼を思い出させる。

 

「百人が反対してもやめられない恋よりも、

 どうでもいい毎日をくり返していくこと、

 他人であるだれかとちいさな諍いをくり返しながら続けていくことのほうが、

 よほど大きな、よほど強い何かなのではないか。」

 

 

忙しい私たち、にとって

「どうでもいい毎日」を2人でくり返していく幸せは

きっと何よりも心地よいのだと思う。

 

その選択をするか否かは別として。

 

 

住む場所と人生の話

やば。

月に1回更新のペース。

 

自由に書く場所が欲しい、などと言っておきながら。笑

なにせ、継続とか習慣とか…

ほんと、そういうのが苦手。

 

 ==

 

2016年末、念願の引越し。

 

ベランダから東京タワーが見えるその部屋は

内覧に付き合ってくれた親友(不動産屋・30歳・独身女性)に

絶対ここだよ!!!エロいもん!!!

と絶賛されたので

翌日には、ここにしようって決めた。

 

年末の忙しさと、引っ越し。それはもう、怒涛の年末だったが

母の手を大いに借りて、なんとか諸々落ち着いた。

12月中旬には、部屋も綺麗に片付いたし、

広いバスルームも、念願の広いキッチン&大きい冷蔵庫も最高に快適。

 

(まあ、私らしく、引越し早々、とても腹立たしいトラブルはあったが)

 

**

 

「住む場所が変わると、人生が変わる」

 

 

よく言われることだけど、

本当にその通りだなあ、と最近思う。

 

上京してから約5年住んだ、中央線沿線エリア。

今でも大好きな街々。個性的で、温かくて。

 

けれど、新しい出会いや人脈、視野や世界が広がる感覚。

そういったものとは、無縁だったように思う。

 

 

決意と共に移り住んだ目黒。

3年半ほど住んだが、

ここは、私の人生を大きく変えた場所だった。

 

とにかく、よく外に出かけた。

毎日毎日飲み歩いたし、本当によく遊んだ。体力と財布の限界まで遊んだ。

 

 

様々な人に出会い

いろいろなことを考え、見える世界は様変わりした。

こんなにも、東京は極彩色だということに、

30歳を目前にして気が付いた。

 

そして30歳を迎えた今

選んだ場所は、港区。

 

 

ここから先は、広げに広げた極彩色の世界から

本当に大切で、本当に欲しいものを

見つけて、育てて、大きくしていくフェーズだと思ってる。

 

目に映る世界が、大好きで埋め尽くされているような

そういう景色を見たい。

 

思考がどんどんシンプルに。

目の前がクリアに。

自分に嘘をつかず、素直にまっすぐに。

 

きっと良い年になる。

 

 

 

 

 

ゴシップな女たち

「養育費とか、流行る年頃なんかな」

 

 

 

って…

どんな年頃だよ!!!と

15個年上の某社長にツッコミを入れた、ベンツ社内@中央道

 

大人8人、フラッと出かけた1泊2日の旅。

2日間絶えず話題になり続けたのは

なぜか「養育費」の話。

 

でもね、社長、流行ってないから!笑

 

 

てか流行ってたまるかよ、養育費!笑

 

 

女30歳が集まれば

結婚うんぬん、不倫だバツイチだ、

このへんの話までは、まあ、よく聞く話だ。

 

しかし我々の場合。

たった4人しか集まっていないのに

結婚・離婚・不倫

からの

バツイチ・子ども・養育費・学費・バイセクシャル・ストーカー……

 

 

…本当に、話題に事欠かない私たち。

なんでこうなるかなあ?と笑いながら、

少し俯瞰して考えてみたけど

明確な理由も共通項も、見つからなかった。

 

自分たちに非があるとか、思いたくないから

「揃いも揃って男運が悪い」

ってことにしとこうか。

どうでもいい毎日

ひとつの恋が終わったのに、少しも悲しくない。

そのことが、悲しくて仕方ない。

 

「本当に恋だったのか」

そもそも…もうその時点で、自信ない。

 

 

 

私は読書と映画が不得意だ。

好きだけど。でも、得意じゃない。

(子どもの頃から、「じっとしていること」と「字を読む(字幕含む)こと」が苦手なの)

 

数少ない、読んだ本の中で

大好きな作品の、印象深いフレーズがある。

 

「百人が反対してもやめられない恋よりも、

 どうでもいい毎日をくり返していくこと、

 他人であるだれかとちいさな諍いをくり返しながら続けていくことのほうが、

 よほど大きな、よほど強い何かなのではないか。」

 

 

この2~3年、この1文を、何度も何度も思い出す。

ふと思い出しては、苦しくなる。

 

どうでもいい毎日を、ちいさな諍いを繰り返していける関係が

どれだけ幸せで、尊くて

それを築くのが、どれほど難しいことなのか。

 

年を追うごとに、実感する。

“恋のようなもの”が終わった、2016年末

それはもう、深く重く強く、実感している。

 

 

 

 

引越し

11月。

つい数週間前が嘘のような

冷たい空気と、冷たい雨。

 

秋ってどうして、こうも短いんだろう。

セクシーで美しい季節なのに。

 

10月と11月の壁って高い。

10月は秋なのに、11月はもう年末みたいな気持ちになる。

 

今年もあと2か月。思い残したことは?

年末年始は何する、どこいく?

来年はどんな年にする?

 

急に焦り出す気持ち。

私も例外なく、昨夜そわそわとその気持ちを抱えたまま

ベッドに腰かけて飲む、寝酒ワイン。

 

ふと、年末年始はひとりで海外旅行しようかな、と思った。

 

ベトナムに駐在する、某大手商社マン(独身32歳)に連絡してみる。

 

「ねえ、年末年始って帰ってくるの?」

「帰らないよ。どうした?」

「ひとり旅にでも、出ようかなって。ベトナム案もありかな、なんて」

「年越しこっちでできる?こっちの友達とみんなで、隣国の島で年越ししようって話してるんだけど。joinしたら?ベトナム滞在中はウチ泊まればいいから」

 

なんて魅力的…行きたい。すっごい行きたい。

 

あー、こんなテンションで年末ベトナムに飛んで

語学堪能、現地に詳しく、駐在員らしい豪華マンションに住んでいる(予想)彼と3泊5日とか一緒に過ごしちゃったら

絶対好きになっちゃうんだろうな、私のことだから。

 

「すっごい楽しそう。悩んでみる」

それが、昨夜の私の回答。

眠れずに、格安航空券をリサーチしまくる、深夜2時。

 

 

しかし。一夜あけ11月。

今朝、ママとのLINE。

「年末、旅行いこうかと思ってるの。でも年内に引越しもしたいような…」

「引越しが先じゃないのお?何はともあれ、良い年明けにしなさい」

 

…うん、そうだわ。引越しだわ。

一瞬で心決まる。笑

旅行いきたいけど、ときめきたいけど。

住まいは何よりも大事だし。タイミングだし。

 

 

やっぱりいつまでも、ときめきは必要で

「キュンとしそうな予定」を作っては、そこに向けて頑張ってみるんだけど

結局、「キュンとする予定」というのは想像の範囲を超えない話であって。

 

図っても願ってもいないのに、

酸いも甘いも経験してしまった30歳にとって

本当にキュンとするのは

「想定の範囲を超えてくる出来事」でしかない。

 

ベトナム旅行を「キュンとする予定」として過ごすとき

私は2か月間、勝手な期待と妄想でソワソワするんだろう。

そしてその膨らみ切った想像を機内に持ち込んで

降り立った地で突きつけられる現実に

あれ?って勝手に拍子抜けするんだろう。

 

どうせ行くなら「キュンとしに行く」んじゃなく

「会いたくてたまらない」から行きたい。

だからいいや、今年はTokyoで過ごそう。新居でさ。美味しいワイン開けて。

 

私が今、求めているのは

住みよい部屋!!!

 

そして願わくば…

「想定の範囲」をやすやすと超えて

欲しくてたまらないと思わせてくれる男。

sweet "30"blues

30歳になった。

 

諸先輩方が言うように、その瞬間は想像以上にアッサリとしていた。

また諸先輩方が言うように、30代は楽しい、となぜか確信を持って思えた。

 

 

手始めに、好きなことを好きなように、

書ける場所を持つことにした。

 

「もうすぐ大人ぶらずに子供の武器も使える、いちばん旬な時」

から10年が経った今

いちばん欲しいのは、

「大人ぶらずに子供のように本音を吐き出せる、自由」だ。